2020/10/26 投稿

抗がん剤を使う医師の気持ち

抗がん剤は、始めてしまうと、止めどきが難しくなる

抗がん剤は、その効果からは「がんへの嫌がらせ」の域を超えられないという実態です。
そもそも正常細胞の不良品という出自ですから、劣悪な環境に耐え抜いてきたツワモノです。
タバコ、辛いもの、ウイルス、血流不足による低体温、酸素不足など過酷な環境に適応してきました。

今度は、抗がん剤です。
初めての攻撃には、さすがに撤退したりはしますが、そのうちに持ち前の不屈さを発揮します。
抗がん剤が効かなくなるのです。
撤退している証拠が、画像で腫瘍の大きさが小さくなったり、腫瘍マーカーの数値が下がったりということになります。
しかし、画像が消える、正常域にもどる、ということはなかなかありません。

 

医師もいつやめてよいのかわからなくなる

世界の戦争の歴史を考えてみましょう。
戦争は敵国を倒すことが目的です。
敵国が消滅してくれれば完勝ですが、消滅はありません。
普通の住民も土地も同じ地球に住む仲間であり、恨みや実害があっても平和が戻ればいいのです。
あるところで和平交渉に入り双方攻撃を止めます。
そして新たなバランスの構築に全力を尽くすのです。
戦場と化した土地、地球を豊かな平和に土地に復興するのです。

がんとの闘いを戦争に重ねてみましょう。
抗がん剤の攻撃が優勢なときから、次第に均衡状態になったとき、ここまでやったのだからもう一息、と考えたくなります。
しかし、これまで以上の有効な攻撃手段がなかったら、意地でも前に進むか、攻撃以外の方法を考えるか、カラダという戦場をどこまで巻き込むのか、考える場面です。

 

医師のプライドとしては、とことんやりたくなる

医師は武器を持った部隊長です。
まだ、使っていない武器がある、新兵器ができるかもしれない、と敵に立ち向かっています。

ところが患者さん本人は、自身を戦場として敵と戦う当事者です。
当事者にとっては、母屋に敵が住み着いてるけど母屋まで壊されちゃたまらない。
柱に少々傷がつくくらいならいいけど、柱が壊れたり火が付いたり水浸しにされるのは勘弁です。
消防車がきて消火活動の一環として、延焼を防ぐために周囲の家の窓や戸を壊して水浸しにする光景をほうふつとさせます。
そこには使命に従う部隊長の論理で正義、大義名分のもと、敵を倒せ、火を消せ、と命令を受けた以上、中途半端なことはやらない、途中では放棄できないのです。
しかし、母屋の主のあなたが、打ち止め、もういい!という別の判断もあるのです。

 

このコラムに関することは「がんサポートDr.」事務局へご連絡ください。
電話: 03-3546-9151 (平日)9:00~16:00